山本周五郎著 「おさん」
(新潮文庫)
「床の間の大工」と呼ばれ、床柱や欄間などに細工をほどこす仕事をしている職人の参太。それなりにあそんでいて、吉原には馴染みの女もいたが、心の底から人を好きになったことがなかった。あるとき酔った参太の前に現れたおさんと一晩共に過ごしたとき、初めて彼女に夢中になってしまった。夫婦となった二人だったが、おさんにはある問題があり・・−「おさん」他「青竹」「夕靄の中」「みずぐるま」「葦は見ていた」「夜の辛夷」「並木河岸」「その木戸を通って」「偸盗」「饒舌り過ぎる」計10編収録
夫婦生活の中で見知らぬ男性の名前を呼んでしまうという性を持つおさん。我を忘れて自分も知らぬ間に名前を口ずさんでしまうのですが、参太はその度に「浮気しているのでは?」と確認せずにはいられず、それに疲れてしまい、距離を置こうとします。
参太が距離を置き始めると、おさんは寂しくて他の男性を家に引き込んでしまいます。そして、結末は悲惨・・というか悲しすぎました。
すでにおさんと距離を置いた後の参太の視点から書かれていて、おさんとの出会いを振り返る感じで話が始まります。
旅先から戻った参太がおさんのその後を知り、心の中で話しかける・・という結末。
どちらの気持ちもわかるだけに本当に辛い話でした。
「葦は見ていた」は、将来は国家老か?と期待された若い武士の話。藤吉計之介というこの武士は、江戸で出会った芸妓に入れ込んでしまい、一緒に住むまでにもなりました。ところが芸妓に去られてしまい、自暴自棄になります。そんな様子を見兼ねた親友が説得し、根回しもしてくれて立ち直り、立派な武士となりました。そして隠居となった計之介は釣りに出かけ、流れ着いた遺書を読みます。
その遺書は「計さま」と呼びかけるように書かれ、女から男へあてた悲しい恋文でした。それを読んだ計之介は特に何も思い出すことも無く捨ててしまいます・・。
計之介の将来を思って身を引いて自殺した芸妓の気持ちが悲しくて辛い話です。
「その木戸を通って」は、平松家に来た記憶を失った娘の話。「平松正四郎に会いたい」とだけ言って自分の身元も何も思い出せない娘。何かの罠か?と疑う正四郎でしたが、そのうち娘の人柄に惚れ、夫婦になります。
やっと平松家に馴染んだ頃、時々ふと記憶を取り戻すのか「その木戸を通って・・」とあらぬ方向を指さす娘。そして、あるときいなくなってしまいます・・。
謎が謎のまま、でも不思議と温かい気持ちの残る話です。
「饒舌り過ぎる」は、私の大好きな話です。土田正三郎と小野十太夫は、道場の仲間で、いつも一緒に行動していて、周りも公認する仲良しでした。いつも一緒にいるので、勤務先を変更するときも「二人を離すのは良くないのでは?」と上司まで気を配るほどでした。
普段の土田は行動もきびきびしていて頼りがいのある男ですが、小野といるとなぜかおとなしくてのんびりした男に変わってしまいます。そしてほとんどしゃべりません。
でも小野はすぐに「土田、お前はしゃべりすぎるぞ」と叱って止めるのです。
そんな二人の会話や行動が微笑ましくて、ずっと笑いながら読み進める感じなんです。ですが、最後にはホロッと泣かされる・・。
男同士の堅い友情、素敵だな〜と羨ましい気持ちで読み終える話です。
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引き続き「警官の血 上巻」
もうすぐ読み終わります。